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大阪地方裁判所 昭和34年(行)50号 判決

原告 株式会社一番

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 水野祐一 外三名

主文

被告が原告に対し、昭和三四年四月一四日にした

(1)  昭和三〇年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税更正決定に対する審査決定中、原告の所得金額一、二二九、〇四七円を超える部分

(2)  昭和三一年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税更正決定に対する審査決定中、原告の所得金額三、三二一、四三六円を超える部分

(3)  昭和三二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分法人税更正決定に対する審査決定中、原告の所得金額三、〇三二、三九一円を超える部分

をいずれも取消す。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は五分し、その四を原告の、その一を被告の各負担とする。

事実

第一申立

原告

被告が原告に対して昭和三四年四月一四日付でなした(1)昭和三〇年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度分法人税、(2)昭和三一年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度分法人税、(3)昭和三二年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度分法人税の各更正処分に対する審査決定中、(1)につき金一、二二九、〇四七円、(2)につき金一、五一三、六三六円、(3)につき金一、三四四、七五〇円の各所得金額を超過する部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の主張

一  審査決定

(一)  原告は青色申告法人であつたところ、西成税務署長に対し、昭和三一年二月二九日に昭和三〇年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度(以下三〇年度と略称)分の、昭和三二年二月二八日に昭和三一年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度(以下三一年度と略称)分の、昭和三三年二月一九日に昭和三二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下三二年度と略称)分の各法人税の確定申告書を、その課税標準所得金額及び税額を別紙第一表申告額らんのとおり記載して提出した。

(二)  西成税務署長は、昭和三三年三月三一日付で、別紙第一表更正所得金額らん記載のとおりに、右各所得金額を更正し、之に応じて法人税額を更正する旨原告に通知した。

(三)  原告は、同年四月一五日、右更正処分に対して再調査請求書を提出し、法人税法三五条三項一号により審査請求のあつたものとみなされた。被告はこれに対し、大阪国税局協議団の協議を経て、昭和三四年四月一四日、別紙第一表更正所得金額らん記載の金額を審査所得金額らん記載の金額に減額し、これに応じて法人税額及び加算税額を減額する旨の、各原処分の一部取消の審査決定をなし、同月一六日その通知書を原告に送達した。もつとも、三二年度分の審査決定通知書の主文は原処分の全部取消となつているが、附記理由から見ると一部取消の誤記と認められるところ、昭和三七年一一月二九日、被告は右主文を一部取消と訂正する旨書面で通知してきた。

二  違法事由

西成税務署長の更正決定の内容、被告の審査決定で更正決定を承認又は否定したものを被告が更正決定とは別個に原告の所得金額を調査決定した形で表示した金額、および、原告が本訴で取消を求める金額は、別紙第二表のとおりであるが、本件審査決定には次の違法がある。

(一)  水野利子に対する支払給与否認について

原告は、昭和三〇年五月に大阪市西成区山王町四丁目一四番地で遊廓「別館一番」を新設したのに伴い、水野利子を従業員として雇い、同人は毎日又は隔日に出勤し、原告社長水野新造が胸部疾患で病弱なため、その補佐役として営業上の監督及び手伝をし、金銭取扱い、従業員の賄い及び世話、服装の指導、来客の接待等の業務に携つていた。原告は同人に対し、同年同月以降引続き月額金三〇、〇〇〇円の給与及び三二年度には賞与金二四、〇〇〇円を支払つた。右金員は経費として損金に計上すべきである。しかるに、別紙第二表記載のとおり、更正決定は右給与支払を否認し審査決定もこれを支持した上右賞与支払をも否認しているのは違法である。

(二)  造作の評価減否認について

原告は、前記「別館一番」を経営していたが、昭和三一年五月二四日制定され昭和三二年四月一日から施行の売春防止法に因り、昭和三三年二月二八日限り強制的廃業の止むなきに至つた。右遊廓の建物は、訴外脇田マサの所有名義であるが、昭和三〇年水野利子が同人より買い受けて所有しており、原告は右水野利子から借り受け使用していた。これに附着した構築物(遊廓経営のための造作)は原告の所有であり、資産としてその価格を財務諸表に計上している。ところで、右造作は、遊廓にのみ使用される転用不能のもので、遊廓の強制廃業により交換価値は殆ど無となるべき性質のものである。そこで、原告は、架空過大な資産の計上により全利害関係人に不利な結果を及ぼす可能性を防止しようとする商法三四条二項二八五条の立法趣旨にしたがい、売春防止法の制定により遊廓の廃止が確実となつた三一年度において法人税法施行規則(以下施行規則と略称する)一七条の二及び関係基本通達一三一に基づいて、右造作の評価換をした。そして、評価換をした事業年度終了の日に用法に従つて使用収益されるものとして譲渡する場合において通常附されるべき価格までの評価損として、不動産鑑定人の評価にしたがい、三一年度分で金一、八〇七、八〇〇円を損金に計上し、三二年度分においては、前年度計上の右評価損を利益に戻し入れた上、右同条及び基本通達に基づく評価損として、不動産鑑定人の評価にしたがい、金一、六八七、五五〇円を損金に計上したのである。遊廓の廃業二箇月前の三二年度決算において、廃業後は無価値となる構築物(造作)を資産として計上すると、過大な利益を利害関係者に表示することとなり、公益性を大きく侵害する。

原告は右決算で評価減後の造作の帳簿価格を金二、五五八、一一七円としているから、むしろ評価減は少なきに失する位である。

しかるに、更正処分においては右評価損を損金に算入することを認めず、審査決定においても右の不算入を支持したのは、違法である。

被告は、右の如き場合は、有形固定資産の評価減を計上し得る場合を定めた施行規則一七条の二第三項所定の各事由のいずれにも該当しないと主張するが、昭和三四年四月一日の同項制定前は、その定める如き有形固定資産の評価換をなし得る場合の制限規定はない。また、被告主張の如く同項の新設は、従来踏襲されていた税法の解釈を明確にしたにすぎないと解することはできないから、施行規則一七条の二第二項によつて有形固定資産についても自由に評価換をなし得たものである。減価償却は、法人の継続経営が前提となるに反し、原告の場合は、三二年度終了後二箇月限りで強制廃業することが確定的となつていたのだから、同項を適用して廃業後無価値となる造作に付き評価損を計上してこそ、同項が有意義となるのである。

大阪市の固定資産税課税標準価格でも、昭和三三年一月一日現在で本件造作の価格は家屋の価格中に含まれもせず、価格も零とされている。

(三)  審査決定の理由附記の不備について

法人税法三五条五項で、審査決定通知書に理由の附記を要するとする趣旨は、審査決定の根拠を具体的に明らかにすることにより、判断の慎重を期し審査機関の恣意を封じ公正を保障し無用の争訟を未然に防止しようとするにある。理由附記の程度も、原処分を正当として維持した判断の根拠を請求人の不服の事由に対応して結論に到達した過程を表示して具体的に記載するべきであり、一般人をして一応その理由を理解せしめるに足る程度のものでなければならない。ことに、本件では、当初の更正決定には殆んどなきに等しいような具体性を欠いた理由附記しかなされていないから、審査請求の不服事由が簡単であつても、また原告が棄却の理由を推知できる場合であつたとしても、原処分を正当とする理由を明らかにしなければならない。

しかるに被告は、本件審査決定通知書に本件構築物(造作)の評価減を認めなかつた理由として、単に「構築物の評価減は税法の趣旨に合致するものではないから認められない」と附記したのみであり、この程度の記載では前記の要件を充たさない不備なものだから理由を附記したことにはならない。

造作の評価減に関する部分の本件審査決定は違法である。

三  したがつて、昭和三〇年度分の審査決定において原告の所得金額と認められた別紙第二表記載の金一、四六九、〇四七円から取消を求めている給料金二四〇、〇〇〇円を差引いた残額金一、二二九、〇四七円のみが原告の右年度の所得金額であり、昭和三一年度分の審査決定において原告の所得金額と認められた別紙第二表記載の金三、六八一、四三六円から取消を求めている造作評価減損金算入否認金一、八〇七、八〇〇円と給料金三六〇、〇〇〇円を差引いた残額金一、五一三、六三六円のみが原告の右年度の所得金額であり、昭和三二年度の審査決定において原告の所得金額と認められた別紙第二表記載の金三、四一六、三九一円から取消を求めている造作評価減損金算入否認金一、六八七、五五〇円と給与賞与金三八四、〇〇〇円を差引いた残額金一、三四四、八四一円(原告昭和三八年二月二六日附準備書面で金一、三四四、七五〇円と主張するのは違算と認める。)のみが原告の右年度の所得金額である。

因つて本件各審査決定中、原告の所得金額を右各金額以上としてなされた部分の取消を求める。

第三被告の主張

一  原告主張の一審査決定の事実は認める。

二  同二違法事由の事実は、別紙第二表が原告主張のとおりのものである事実、原告がその主張のとおり水野利子の給与賞与を支給したとして損金に算入したこと、その主張のとおりの造作についてその主張のとおりの理由で評価減を計上して損金算入をしたこと、原告主張のとおり被告が審査決定の理由附記をした事実は認めるが、その余は争う。

本件審査決定は適法なものである。

(一)  更正決定について

西成税務署長は、原告の昭和三〇ないし三二年度分法人税確定申告書について、原告の帳簿書類等調査の上、別紙第二表記載のとおりの申告額と異なる結果がでたのでその旨更正決定をした。

(1) 昭和三〇年度分について

西成税務署長は右調査の結果、取締役水野スエ、従業員水野利子は原告会社の業務に従事していないと認め、同人等に対する役員報酬及び給与の損金算入を否認した。他方、前記以前の固定資産減価償却限度超過額で当期の損金に算入すべきもの及び前期以前の事業税で原告会社が損金に算入していなかつたものは進んで損金に算入した。

(2) 昭和三一年度分について

水野スエ、水野利子の報酬給与の損金算入否認、前期以前の減価償却超過額、未納事業税の損金算入は前年度と同様に計算した。つぎに、造作の価値の減少はないと判断し、評価減の損金算入を否認した。更に、固定資産の減価償却範囲額(法人税法施行規則一八節)を超えた償却額の損金算入を否認し、法人税法九条の六による利益の配当等の益金不算入額の計算誤りを訂正した。

(3) 昭和三二年度分について

水野スエ、水野利子の報酬給与、造作評価減、減価償却超過額の計算、事業税、受取配当金の計算誤りは、前年度と同様に計算した。

但し、本年度において原告は前年度に損金算入を否認せられた造作の評価減を以前の価額に戻したので、これに伴う調整をした。

(二)  審査決定について

被告は、右更正決定に対する原告の不服事由につき調査の結果、別紙第二表のとおり更正決定を訂正したが、その以外には更正決定に違法不当な点はなかつた。

(1) 昭和三〇、三一年度分について

水野スエの役員報酬については、原告の計算を相当と認め、また減価償却及び事業税の計算における更正処分は正当と認められなかつたので、それぞれ訂正した。

(2) 昭和三二年度分について

水野スエの役員報酬、減価償却、事業税の計算は、前年度と同様に計算して原処分庁の計算を訂正した。また水野利子の給与については、原処分庁の否認した金額以外に昭和三二年一二月三〇日に賞与二四、〇〇〇円の支給が洩れていたので、これも損金算入を否認した。

(三)  造作の評価減について

株式会社の固定資産の評価については、商法は時価以上の評価は禁じながら時価以下の評価には何等の制限を加えない(商法二八五条三四条)。法人税法九条七項同法施行規則一七条の二第二項、基本通達一三一号が法定の限度で法人の固定資産の評価減の損金算入を認めてはいるが、法人税法は、租税負担の公平を第一とする見地から、同法施行規則一七条の二第三項において、右算入をなし得るのは、つぎの各場合に限つている。

(1) 当該固定資産が一年以上にわたり遊休状態にあること

(2) 当該固定資産がその本来の用途に供することができないため、他の用途に使用されたこと

(3) 当該固定資産の所在する場所の状況が著しく変化したこと

(4) 当該固定資産が災害その他の事故により著しく損傷したこと

(5) 当該法人について会社更生法の規定による更生手続の開始決定又は商法の規定による会社の整理開始命令があつたことにより、当該固定資産につき評価換をなす必要が生じたこと

(6) 前各号に準ずる特別の事実が生じたこと

この制限規定は昭和三四年の改正の際新たに附加挿入された。しかし、これは従来踏襲されていた税法の解釈を明確にするためになされたもので、その施行の前後により取扱いを異にすべきではない。原告会社は、昭和三一、三二年度には従来の営業をそのまま継続しているなど、右各号掲記の事実はなかつたから、同法施行規則一七条の二により評価減の損金算入をなすことができない。

したがつて被告が右損金算入を否認したことは適法である。

(四)  審査決定の理由附記について

被告の本件審査決定通知書に附記の理由は、原告提出の審査請求事項のうちいずれを理由ありとし或いは理由なしとしたか判断の対象を頗る明確にしている。とくに構築物(造作)の評価減損金算入の可否が法人税法上の法律判断に帰着することは前述のとおりで、同法の明文の規定に関する事柄であるから、その適用があるか否かをさえ明らかにすれば法人税法三五条所定の理由の附記として充分である。原告主張の場合には適用がないことは明らかだから、税法の趣旨に合致しない旨附記すれば理由は明らかとなつている。

以上のように、本件審査決定には違法な点はないから、その取消を求める本訴請求は理由がない。

第四証拠〈省略〉

理由

一  原告主張のとおり法人税の確定申告書の提出、更正処分および審査決定がなされたことは当事者間に争いがない。

二  右確定申告、更正および審査決定の内容が別紙第一、二表記載のとおりであること、詳説すると、(1)昭和三〇年度分所得金額は(イ)申告額一、二二八、一二一円(ロ)審査決定額一、四六九、〇四七円、即ち従業員水野利子に対する支給給与二四〇、〇〇〇円の損金算入を否認し、一方未算入の未納事業税九二六円を損金に算入して算出した額、(2)昭和三一年度分所得金額は(イ)申告額一、五四一、七三七円(ロ)審査決定額二、一三九、六九九円、即ち右同人に対する支給給与三六〇、〇〇〇円及び造作の評価減計上額一、八〇七、八〇〇円の損金算入を否認する一方、未算入の未納事業税二七、九八四円と配当金一一七円を損金に算入して算出した額、(3)昭和三二年度分所得金額は(イ)申告額三、四〇九、四〇六円(ロ)審査決定額三、四一六、三九一円、即ち右同人に対する支給給与三八四、〇〇〇円及び当期における造作評価減計上額一、六八七、五五〇円の損金算入のほか、減価償却超過額三円、配当金計上洩七二〇円と所得税八〇円の損金算入を否認する一方、前期で損金算入を否認された造作評価減一、八〇七、八〇〇円を当期益金に繰戻した分を否認し、未算入の未納事業税二五六、七六八円を損金に算入し、配当金に八〇〇円の違算があつたのでこれを益金から控除して算出した額となること、原告の所得金額が少くとも昭和三〇年度分で金一、二二九、〇四七円、昭和三一年度分で金一、五一三、六三六円、昭和三二年度分で金一、三四四、八四一円あることは当事者間に争いがない。したがつて、審査決定における所得金額は右原告の自認する所得金額に従業員水野利子に対する支給給与及び造作評価減の各金額を加えたものとなる。

そこで、右給与及び造作評価減の損金算入否認が適法であるか否かにつき判断する。

三  水野利子の給与及び賞与の否認について

原告主張のとおり水野利子の給与及び賞与を損金に算入したところ本件審査決定が否認したことは当事者間に争いがない。

証人水野利子、芦田たみ子、広川英吉の各証言と成立に争いのない甲七号証によると、原告会社は訴外水野スエが実権をにぎり、その子である代表取締役水野新造と新造の弟が経営に参加する株式会社であり、飛田新地で「本店一番」「新一番」を、昭和三〇年五月からは「別館一番」を加えて三箇所で遊廓を営んでいたこと、原告会社は右水野一家の家業を昭和二九年から会社組織にしたものであること、水野利子は、水野新造の娘で、原告会社の本店所在地の布施市御厨に水野スエ、母等と居住し、昭和三〇年三月女子短大を卒業したが、家業を引継ぐ立場にあるところから中学生時代より父の所用の際にはその代理として時折り右遊廓に出向いており、その経営等については若年ながら通常人以上の知識を有していたし、「別館一番」の建物も同人の所有とされていたこと、水野新造は昭和三〇年五月頃から胸部を患うようになり、同年七月一五日からは安静加療中となつたが、「本店一番」「新一番」は水野スエ、水野新造の弟が経営の任に当り、水野新造は五月頃開店の「別館一番」で静養しながら、経営に当ることとなつたこと、「別館一番」の従業員は接客婦約二〇人の外は売上金の計算記帳担当の女の帳場係一人、仲居四、五人、炊事婦二人、三助一人であつたが、これ等の従業員を指揮監督し経営全般について統率できる番頭その他の者は居らず、その上家人すら居ないと接客婦等は怠けやすく経営の秩序が維持できなかつたこと、その為老齢の水野スエが本店から出向くのに一人では心細いのと、病床の新造一人では従業員の指揮監督に行届かぬので、水野利子は新造の発病の頃から毎日又は隔日に「本店一番」に出向く水野スエに付添つて「別館一番」に出向き、父の命令に従つて金銭の出納従業員の指揮監督に当つていたこと、水野利子はその後父が病状悪化し療養のため「別館一番」を離れたときは同所に住込んで昭和三三年二月末まで経営者の娘として金庫現金の保管、帳場から渡された売上金の収納、帳場の要請による小口諸掛費用の支出、接客婦はじめ従業員の監督等の業務に従事し、月額金三〇、〇〇〇円の給与及び昭和三二年一二月に賞与金二四、〇〇〇円の支給を原告から受けたことが認められる。

証人坂田行雄は、水野利子が遊廓に出向いた様子はなかつた旨供述するが、伝聞による判断にすぎないし、証人田中有行は、水野利子に尋ねたところ祖母が一人店に出掛けるのが不安で往復の付添に行つただけである旨答えたと供述するが、前記認定と対比すれば右供述をもつて水野利子が店で業務に従事しなかつたことの有力な証拠とすることはできない。水野利子は短大卒業の未婚の女子であつても、前記認定の事情の下においては家業を継ぐ立場にある者として家業に従事するのは当然とも考えられるので、右各証言は前記認定を覆えすに足るものではなく、他に前記認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、水野利子は、子として父の命令に従つて事実上家業に従事したと言うものではなく、同人と原告との間には雇傭契約が成立し、これに基づき同人の労働の対価として前記給与賞与が支給されたものと解すべきである。そして、右金額は、労働の性質内容、証人芦田たみ子の証言により認められる帳簿係芦田たみ子の月給が金一〇、〇〇〇円である事実等に照らしてみても、その一部を水野利子に対する贈与と認めなければならぬして受取つた金員をそのまま自宅で母に渡し自らは必要なだけの小遣を母から受取つていた事実が認められるが、前記認定からすれば、右の事実があるからと言つて右金員が労働の対価である賃金ではないと言うことはできない。

そうすると、水野利子に対して支給の右給与及び賞与は原告の法人税課税所得金額の計算上損金となり、これに対して法人税を課することはできないから、これを架空のものとして課税標準に加えた更正決定は右の範囲で違法であり、これを是認した本件審査決定も右の範囲で違法である。

四  造作評価減否認の適法性

原告主張のとおり昭和三二年度で造作の評価減損金算入が行われ被告がこれを否認した事実は当事者間に争いがない。

証人辻本勇の証言によると、法人税法施行規則一七条の二は、有形固定資産の評価換は非常に特殊な場合にのみ許されるとの会計理論を前提として、右理論上許される場合にのみ法人が評価損益を計上することを予想して設けられたところ、同条一項による資産評価減が企業の健全な維持発展の必要からではなく会計理論をはなれて脱税ないしは租税回避の目的に乱用されたきらいがあつた事実は認められる。しかし、被告主張のように同条三項新設以前においても同項と全く同一の内容の解釈が一般になされていたこともまたそのように解釈することが正当であるとするに足る根拠が存在していたことも認めるに足る証拠は本件審理にはなんら表われない。したがつて、昭和三四年の同条三項新設以前においては、同条一、二項の明文により法人は自由に評価損の計上をなし得たものと解すべきである。しかしながら、右認定のとおり右規定は会計理論上評価換が許される場合に法人が評価換をなすことを予想して設定されたものであり、したがつて評価換が会計理論上不適当で会計原則に違反し通常なされない場合に行われ、その結果税負担の軽減が生じることとなり税負担の公平を失するときは、同規定を適用することはできないものと解釈するのが相当である。何故ならば、法人税法施行規則が有形固定資産の減価償却制度のほかに評価減の制度を採用したのは、原価主義を徹底するならば資産の評価損益を計上する余地はないのであるが、保守主義の見地からして実際に価格が低下した場合に評価損を計上して時価に応じた帳簿価格とすることは企業の堅実を計る意味から理由があり、税法上も右の見地から従来の不明確な取扱いを廃止して評価減の損金算入の制度を設けたものと解される。客観的評価が困難であり、かつ、通常長期間使用される有形固定資産について再三評価減を行うことは企業の健全性を害し、却つて企業の堅実を計る同規定の本来の目的に反することとなるからである。

原告会社が昭和三一年度及び三二年度に造作の評価減を決算に計上したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲九ないし一一号証によると、右造作は遊廓用の諸設備であるタイル工事電気工事畳建具等の模様替造作を言うのであることが認められる。そして、右各証拠及び成立に争いのない甲一八号証、証人広川英吉の証言によると、原告会社は、昭和三一年一二月末日当時盛業中であつて右造作部分の格段の時価低落はみられなかつたこと、昭和三二年一二月末日当時には既に昭和三三年三月以降の強制廃業後転業する意思もなく、事実同年二月解散しており、昭和三二年末当時としては資金需要もなく他から借財して会社債務を発生増加させ或いは増資する必要も意図もなかつたこと、昭和三〇ないし三二年度は順次売上純益が増加し、昭和三一年度は計上負債一、七九〇、二三一円に比し純益は評価減を計上しても一、二六一、七五〇円、昭和三二年度は計上負債は七四、〇九三円に比し純益は前期評価損繰戻をなさず当期評価損を計上するとしても一、一八一、二八〇円であるが、純益の全額が社内留保となつている事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると、右の各評価減の計上は、企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性のない場合になされたものであつて企業会計原則の一般原則六に違反し、会計理論上不当なものと解するのが相当である。もちろん、売春防止法の公布により昭和三三年四月一日以降いわゆる遊廓が強制的に廃業させられるに至つたことは公知の事実であり、右認定に用いた各証拠によると右造作部分は右廃業によりその価値を失うことは認められるところであるが、右減価は同法公布の昭和三一年五月二四日以来予測されたところであり、評価換よりかはむしろ法人税法施行規則二一条の二同法施行細則七条の二によつて耐用年数の短縮を行うべきでありまたこれを行いうるのに国税庁長官の承認を受けなかつたのであるから、右の事実をもつて前記認定をくつがえすに足るものとすることはできない。

そうすると、被告が昭和三一、二年度分の本件審査決定において、右評価減の損金算入を否認した原処分を正当と認めたことは適法であると言わなければならない。

五  審査決定理由附記の適法性

本件審査決定通知書の理由附記として、原告主張のとおり、構築物(造作)の評価減は税法の趣旨に合致するものではないから認められない旨の記載があることは当事者間に争いがない。

ところで、法人税法三五条五項で審査決定通知書に理由を附記すべきものとしているのは、請求人に決定理由を了知させるとともに、決定機関の判断を慎重ならしめ、審査決定が審査機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解されるから、その理由としては、請求人の不服の事由に対応して右目的に副うように結論に到達した過程を明らかにしなければならない(最高裁判所第二小法廷昭和三七年一二月二六日判決参照)。そして、右理由は詳細な程好ましいが、本件の如く造作の評価減の損金算入の様な税法上の知識を前提とする不服事由についてはかかる知識を有する者にとつて理解できる程度に結論に到達した過程を明らかにすれば足るとともに、時価の低下がないか或いは評価減をなすべきでない場合であるかを明らかにすれば前述の理由附記の目的は一応実現され、また、右の理由も税法の解釈に関するものであるならば比較的抽象的な記載で足るものと解される。

成立に争いのない甲一六ないし一八号証(一六号証については主題の再調査請求の理由と題した三枚を除く)によれば、原告の本件審査請求中造作の評価減否認に対する不服事由の要旨は、造作の時価が低落し過大利益の計上となるから企業の堅実性を害するのに、評価減を認めないのは法人税法施行規則の明文に反すると言うにあることは明らかである。又、証人辻本勇、田中有行の証言によると、被告はこれに対し要するに法人税法上所得金額は会計原則に従い算出すべきところ、企業会計上固定資産の評価換は限られた場合にのみ許され、原告の場合はこれに該当しないとの理由で審査請求棄却に決定したことも明らかである。

そこで本件審査決定になされた理由の附記について考えると、その措辞は必ずしも適切ではないが、前述のとおりの税法の知識を有する者が審査請求書の不服の事由と対比して読むならば、一応は、評価換をなすべき場合には該当せずその理由は法人税法施行規則一七条の二の規定の趣旨の解釈にあることを察知し得るものと解され、そしてこの程度の記載により理由附記の目的は達成されていると解されるから、法人税法三五条五項の理由附記としてはこの程度で取消し得べきかしはないと言うべきである。よつてこれを取消原因とする原告の主張は理由がない。

六  以上見てきたとおり、原告の昭和三〇年度分所得金額は原告主張のとおり一、二二九、〇四七円であり、昭和三一年度分所得金額は原告主張額に造作評価減計上額一、八〇七、八〇〇円を加えた三、三二一、四三六円であり、昭和三二年度分所得金額は原告主張額に当期造作評価減計上額一、六八七、五五〇円を加えた三、〇三二、三九一円となるから、本件各審査決定中、右各所得金額を超えて所得を認定した原各更正処分を支持した部分は違法であり、その余の部分は適法である。よつて、本訴請求は右違法の部分の取消を求める範囲で正当として認容し、その余の部分は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 田坂友男 野田殷稔)

(別紙第一、二表 省略)

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